回想。或いは、今も続いている何か。

 彼女に逢うのは久しぶりだった。
 長めの出張から帰った彼女は、この数週間、いよいよ決行される作戦の準備に忙しく動き回っていた。
 彼女の任務内容は極秘裏。一部の人間しか全容を知らされていない。作戦に参加する連合のパイロットたちですら知らないくらいだ。人類の存亡をかけた重大な作戦の中で、彼女が担う使命は更に重い。彼女が失敗すれば、作戦そのものが意味を成さないものになる。
 そんな重要な機密を厳密には部外者の僕が何故知っているかというと、作戦成功の暁には、僕の長年の研究の成果が必要になるからだ。と言ってもそれは表向きの話。彼女がどうしてこの任務に付いたのか、本当の事情を知っている者は更に少なく、僕にとってはある意味そちらの方が重い現実だった。

 「久しぶりだね」
 司令室での最後の打ち合わせの後、通路脇の休憩所で水分を取っている彼女に声を掛けた。今ここにいるのは僕と彼女の二人だけだ。そのことに気付いた彼女は、明らかに表情を硬くした。ほんの一瞬だが、眉間に力が入ったのが分った。
 「…そうね」
 それでも返事をくれた彼女に、僕は続けて話しかけた。
 「随分忙しくしていたようだけど、疲れてないかい?」
 「そんな暇無いわ」
 ほんの少しだけ、笑顔を見せてくれた。…どちらかと言うと苦笑と呼んだ方がいい表情だったけれど。
 「今度の作戦への参加、君から希望したって聞いたけど」
 深刻さのかけらも乗せずに、僕は聞いた。いつからだろう。努めて明るい調子で喋るようになったのは。彼女にはそれが上辺だけに過ぎないと見透かされていることを知りながら、それでも僕は笑顔を作る。そうすることで彼女との溝が深まることはあっても、埋まることなど無いと判っているのに。
 僕の言葉に、彼女の顔が再び曇る。無言は肯定を意味していた。


 彼女は今から数時間後には船上の人となり、ここニライカナイを発つ。
 行き先は東京。東京ジュピター。
 16年前に、僕たちの俗する時間の流れから切り離された街。


 「東京は君の生まれ故郷だったよね」
 ターゲットは彼女が良く知っている人物だ。正しくは、知っていた、と言うべきだが。
 「危険は承知の上よ」
 彼女は微妙に論点をずらした。東京の話題は、僕らがまだ寄り添っていられたころからタブーなのだ。
 あの頃の僕は、彼女がそれを口にしたくない理由を、東京があんな状態になってしまったことで失った彼女の父親や友人、彼女と関わりのあった人たちのことを思い出すのが辛いからなのだろうと思っていた。それは間違いではないし、故郷を失った彼女の喪失感は大きかっただろう。けれど本当は…。
 「そのためにTERRAに入ったようなものだものね」
 彼女が触れられたくないと思っているソレを尊重するべきなのだろう。けれど今は気がつかないフリをする。彼女の生身の部分に触れたいと願う、醜いエゴだ。
 「…そうよ」
 彼女は僕が知っていることに気づいたようだった。
 彼女の目が真っ直ぐに僕を射抜いた。僕らはもう甘い視線を交わすことは無い。強い意志を秘めた目で僕以外の誰かを思う彼女を、僕も正面から見返した。苦い想いは微笑みの下に押し込める。

そう、僕は知っている。君が何の為に東京に行くのか。
TERRAの情報部員としてターゲットを捕捉する為にではない。君の中で止まっている時間を動かすために君は行くのだ。
僕では動かすことが出来なかった、君の時間だ。

 僕と彼女の付き合いは大学時代に遡る。あの頃、僕らは極親しい間柄だった。
 けれど、互いの進路が別れてからニライカナイでTERRAの情報部員となった彼女と再会するまでの数年間、僕らが逢うことは無かった。再会してからも、なかなか顔を会わせる機会は無かった。僕が研究施設を置いているネリヤ神殿と彼女が勤める本部ビルとは距離があったし、彼女は出張も多かった。いや…僕らが近い場所にいながら逢うことが少なかった本当の理由は…彼女が僕を避けていたからだ。僕らの関係は、卒業を待たずに終わっていた。
 彼女にとって僕は、振り返りたくない過去なんだろう。僕が未だに彼女への想いを引きずっていることが、彼女には負担なのだ。分っているのに、彼女と関わらずにはいられない。例えそれが悪循環を生むものだとしても、彼女との接点を放棄することが出来ない。


 「作戦の成功と君の無事の帰還を祈ってるよ。気をつけて」
 彼女の身を案ずる気持ちは本当だったから、口調は自然なものになった。けれど愛想笑い以外の表情を浮かべることは出来なかった。
 作戦の成功…それは彼女が再び彼と出会うことを意味していた。時間の流れから隔離された彼は、未だに少年のままだ。彼女が恋した少年の面影を残したまま。僕とも、彼女とも違う時間を過ごしてきた彼との再会は、彼女に何を与え、何を奪うのだろうか。

 彼女にとって誰よりも大事な人。
 僕にとっても、決して切り離すことが出来ない縁。
 僕たちは歪められた時の流れの中で出会うべき順序を誤った。彼女は彼の為に長い時を待たねばならず、彼は本来ならば彼女と過ごすはずだった月日を僕に取って代わられた。間抜けな僕は、彼女との日々をやっと手に入れた幸福だと信じていた。

 僕の29年の人生のうち物心が付く前の数年を除いても、4分の1世紀の記憶を持っていることになる。彼女の存在を知ってからは10年。人類の歴史から見たらちっぽけな点に過ぎない時間だが、もちろんそんな比較には何の意味も無い。僕は彼の人の様に長い時を過ごす術は持っていないし、ましてや時間の流れを遡ることなど出来はしないのだから。
 だが、もしもやり直すことが出来るなら、僕はどの時間を選ぶだろうか。彼女なら…そして、彼なら…?
 僕たちが望む結末は…おそらく永遠に重なることは無い。事実、たった今彼女が動かそうとしている時間の上に僕の立つ場所は無い。滑稽なくらい僕は部外者だ。こんなにも深く関わっているというのに、彼らの時間から締め出しを食らう。


 「ありがとう」
 僕の言葉に表情を和らげて微笑んでくれた彼女が、ほんの一瞬、あの頃の彼女と重なって見えた。
 僕は少しだけ泣きたい様な気分を味わったが、幸か不幸かそれほど初心ではなかったから笑顔のまま彼女と別れた。次に話をすることが出来るのは彼女の帰還後、少なく見積もっても2週間は先になるだろう。


 過去を振り返る時も、今を生きる時も、僕は時の流れの中を、僕の時計を使って生きていくしか無い。流れに逆らうことは出来ない。望む時が長く続くよう、望まぬ時が来ないよう、祈り、考え、行動し、手を尽くすのがせめてもの抵抗だ。彼女が自分の道を選んだように、僕も僕が選んだ道で…残された道で…出来うる限りのことをしよう。例え僕らの時間、僕らの道が再び交わることがないとしても…。






 人類に与えられた残り時間は、既に秒読みに入っている。





Recollection. 或いは、今も続いている何か。
05,16,2003.Ryou Hatoba





最初はそんなつもりじゃなかったんですが、いつの間にか人名を一切出さないことに。直接ここへ入ってしまわれた方には何の話やら?って感じでしょうね。(^^;)
モノローグだらけだし、私的にちょっと珍しい品になりました。でも、彼を書こうと思ったらこの方法しか浮かびませんでした。滅多に本音を口にしない人なので。
書く前はもっとドロドロした内容になるかなぁと思ったんですが、案外アッサリ味。まだまだ本音を吐かすことが出来ていてません。(…酷?)

ええと…。彼がそんな決意?をしていた風には見えなかったとか、流されてただけじゃん?てご意見もあると思いますが。人間、考えているとおりに動けるとは限りませんし、彼の場合は特にしがらみ(足枷)が多いので流されるしかない場面も(それがいい事かどうかは別として)多々あったのだろうなぁと。彼なりに足掻こうとはしていたのではないかなぁと妄想逞しく…。
本当はもっとお上手な方の書かれた作品を「読ませていただきたい」のですが、いかんせん趣味が偏っているらしいので(苦笑)、自分で書いてしまいましたというシロモノでございます。(更に苦笑)

ハトバリョウ。

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