FELLOW TRAVELER



「ねぇ、アーバイン。あれは何?」
「ああ? どれのことだ?」
「ほら、あの青い服の男の人が持っている長い棒みたいな…」
「造花がたくさん付いてる、あれか?」
「そう」
 フィーネが指差しているのは、道の反対側を歩いて行く男が手にしたものだった。
 だが、それを手にしているのはその男だけではない。行き交う人々の中に結構な割合でその棒や、それに似た造花がついたリースを手にしている者がいる。

 二人は、街の中心にある広場の一角で、石づくりの建物の壁を背に座り込んでいた。地面から大人の大腿部ほどの高さの所まで土台がせり出しており、ベンチがわりに腰掛けるにはちょうど良かった。
 広場では生活雑貨や生鮮食品の市がたち、住人や、アーバインたちのような旅人で賑わっていた。

 お昼時に辿り着いたこの街は、豊饒な畑を抱える、それなりに大きな街だった。共和国の首都に近いせいか、治安も割と良い。
 昼食をとり、いつもの様にムンベイの見立てで物資の調達をした後、ムンベイだけは運び屋が集まる店に情報収集に向かい、残りの三人は夕飯までに宿に戻れば良いということになった。自由時間が出来れば、街を見学したいとバンたちが言い出すのは無理も無いことで、買い集めたものを宿へ置いてから再び街へと繰り出した。

 旅慣れたアーバインは、初めての街だからといってはしゃいだりはしない。散策へはバンとフィーネの二人だけで行けばいいと思っていたのだが、一緒に行こうと誘うフィーネと、宿にいるジークと二人きりにしたくないというバンの言葉に、渋々ながら同行することにした。
 四人で旅をするようになって結構たつというのに、バンにはまだ信用してもらえないらしい。もっともアーバイン自身、最初の印象が悪かったであろうということは承知しているし、ことあるごとに、ジークを寄越せと言ってからかい続けているのだから自業自得でもある。

 そうして三人で半時ほどぶらついているうちに、喉が渇いたから何か買ってくると言ったバンが二人を残して人込みの中に消えてから、更に小一時間が過ぎようとしていた。
 大方、何かに気を取られて時間を忘れているのだろう。最悪道に迷っていたとしても、宿へ帰れば会える。戦争も先日納まったばかりだ。そうそうまずいトラブルに巻き込まれることもないだろう。
 そんなことを考えながら、フィーネと二人でぼんやりと座っていたところだった。ちなみに、飲料水は彼らが別れたすぐ側で売っており、バンが見えなくなってからそれに気付いた二人は、ちゃっかりと喉を潤した。
 街はいつしか、日暮れ前の赤みかがった光に彩られようとしていた。

 アーバインは何とはなしに、フィーネの差した男を目で追いながら答えた。
「俺も名前は知らないが、まじないの一つだ。玄関の前に飾るんだ」
「何のおまじない?」
「豊作を祈願するんだ。もうすぐ刈り入れの祭だからな」
「祭?」
 アーバインはぼんやりと人の流れに注いでいた視線を、自分の胸元よりも低い所にある少女の顔に移した。フィーネはいつものようにじっと、彼の顔を真っ向から見返した。

 フィーネには昔の記憶が無い。言葉は話せるし、ある程度の常識は通じるのだが、時折こうして知らないものに直面する。だからと言って、祭の意味を知らないわけではないらしい。
「ニューヘリックシティのパレードみたいな?」
「あれもまぁ、祭には違いないけどなぁ」
 先日見た首都の凱旋バレードのことを言っているのだ。土着の祭とは意味合いが違いすぎる。アーバインは苦笑しながら言い足した。
「今年も作物がたくさん採れて、食べ物に困らなくてすむぞって祝ったり感謝したりするのさ」
 かなり大雑把な説明だったが、フィーネは感心した様子だった。大きな目を見開いて聞いている。気を良くしたアーバインは、続けて祭りの様子を話した。
 歌と踊りと、酒とごちそう。花と、色とりどりの衣装と、笑顔。大人も子供も、街の人間も旅人も、祝いの祭りは明るく賑やかだ。乾燥地帯が多いこの星では、作物の出来の善し悪しは重要な関心事なのだ。
「楽しそうね」
 ニコリと笑ったフィーネに、アーバインもつられて口の端を上げた。
「アーバインの生まれた街でもそうだったの?」

 それは何気ない質問だった。
 フィーネは、記憶の空洞を埋める為か、あるいは単に子供ゆえの好奇心からか、その視線が真っ直ぐであるように、目についたものや疑問に思ったことを真っ直ぐに聞いてくる。
 ムンベイとアーバインの二人はそれなりに世間を見てきたから、大抵の質問には答えられる。生まれ故郷から一度も外へ出たことがないその辺の大人よりは、よほどいろいろ知っているのだ。すれているとも言えるが、流れ者として生きていく為には必要な知識ばかりだった。
 だが、アーバインが自身のことを話したことは、ほとんど無かった。
「まあな…」
 アーバインは短く答えた。口元は笑みを張り付かせたままだったが、視線はフィーネから外し、人の流れを眺める振りをした。


 惑星Ziに住む少年のほとんどは、ゾイド乗りに憧れる。アーバインも例外ではなかった。ゾイドは力の象徴であり、一人前のゾイド乗りになるということは、一人前の大人になることだと思っていた。力さえあれば大切なものを守れるのだと、純粋に信じていた。
 早くに両親を失ったアーバインは、妹と二人、貧しい少年時代を過ごした。自分を信頼してくれている妹の笑顔は救いだったが、それでも、幼いというだけで味わう無力感は拭えなかった。早く大人になって妹と二人、楽に暮らせるだけの稼ぎを得るようになりたいと、いつも思っていた。
 だが、守りたかったものは、彼が大人になるのを待ってはくれなかった。
 流行り病は、ろくに栄養のあるものを食べることができなかった小さな命を、あっけないほど簡単に奪っていった。彼には、熱に苦しみながら助けを求める妹の手を握り、名前を呼んでやることしかできなかった。アーバインは、自分の非力さを呪った。
 それからの彼は、何かに憑かれたかのように力を求めた。生まれ育った街を後にすることにも躊躇は無かった。彼から全てを奪った故郷など、何の意味も無い場所だった。


「バン、遅いね…」
 フィーネの質問には深い意味は無かったらしく、彼女も人の流れへと目を戻し、バンの姿を探すような仕種をした。
「あいつのことだ。俺たちのことなんかケロッと忘れて、珍しい食い物を見つけて食ってるか、出し物かなんかに見入ってんのかもな」
 軽口を叩いたアーバインを、微かに眉に力を入れたフィーネが見上げる。視線だけでそれを確認したアーバインは、からかい口調で付け足した。
「あいつが鉄砲玉なのは、本当のことだろ?」
 アーバインも、バンがフィーネをほったらかして遊んでいるとは思っていない。何か見つけたのなら、真っ先に誘いに戻ってくるだろう。
 不服そうに口をとがらせていたフィーネが、何事か思い出したように顔をほころばせた。
「ムンベイがね、アーバインとバンのこと、兄弟みたいだって」
「ああ?」
 突然の話題に、心外だ、という顔でアーバインが壁に寄せていた背中を離し、膝に肘を着いてフィーネと視線の高さを近くする。
「どっちも、しょうもない所がそっくりだって」
「俺のどこがしょうもないってんだよ?」
 ニヤニヤ笑いのムンベイの顔が浮かんで、アーバインはしかめっ面になる。フィーネはしばらくそんな彼を眺めていたが、やがてポツリと聞いてきた。
「バンと兄弟みたいに思われるの嫌なの?」
「……」
 そういえば以前同じようにフィーネから、自分たちのことを嫌いなのかと聞かれたことがあったと思い出す。あの頃は、まさか一緒に旅をすることになるなんて思いもしなかった。
 アーバインはわざと憎まれ口を叩いた。
「迷惑だな。あんな単純と一緒にされたくない」
「誰が単純だってぇ?」

 不意に、聞きなれた声がすぐ側で抗議した。二人が顔をあげると、いつの間に戻ってきたのかバンが立っていた。何故か服が汚れ、髪も乱れている。それに、汗だくだ。
「おかえり、バン」
「遅かったじゃねぇか。置いてっちまおうかと思ったぜ」
 マイペースなフィーネと、あえてそれに気付かない振りをしたアーバインが、それぞれ声をかける。バンは額の汗をぬぐいながら、強い口調で話はじめる。
「仕方ないだろ。迷子を見つけちまって、ずっとその子の親を探してたんだから。その上、何だか分かんない喧嘩には巻き込まれそうになるし、おまけにブレーキの壊れた自転車に引かれそうになるし…」
 握りこぶしを作って力説するバンの言葉を聞き終えた二人の反応もそれぞれだった。フィーネはポカンと口を開け、アーバインはわざとらしく溜め息をついた。
「やれやれ…トラブルに巻き込まれずには済まない奴だって、忘れてたよ」
 心底呆れた口調で言うアーバインに、バンは鼻息荒く詰め寄ろうと一歩前に乗り出したが、フィーネが先に声を出した。
「それでバン、飲み物は買えたの?」
「え? あ、いや…それどころじゃ無かったし…あんまり遠くまで行ったから、ちょっと迷っちまったし…」
 気勢をそがれたバンがもぐもぐ言うと、フィーネは自分の飲み残しの水を差し出した。
「はいこれ。すぐそこで売っていたから、アーバインに買ってもらったの」
 バンは、薄い緑色のビンに入ったそれを、複雑な顔で見つめた。
「何だよ…何で早く見つけてくんないんだよ…。それに、俺には自分で買えとか言っといて、なんでフィーネには買ってやるんだよ?」
 アーバインの顔を恨めしそうに睨む。アーバインはしれっとした顔で言い返した。
「嫌なら飲むな。俺が飲むから」
 それを聞いたバンは慌ててビンの口を咥え込み、半分ほど残っていた水を一気に飲み干した。よほど喉が渇いていたのだろう。
「ぷは〜」
 満足そうに口を拭うバンを見てから、アーバインは立ち上がった。
「そろそろ戻るか」
「ええっ? ちょっとは休ませろよ」
「なぁに言ってんだ。すぐに腹減った〜、飯はまだか〜って言い出すのはおまえだろうが」
 確かに、ムンベイと約束していた時間が近づいていた。ムッとした顔をしていたバンだが、途端に空腹を覚えたのか自分の腹を押さえた。
「ほら見ろ」
 アーバインは踵を返し、さっさと歩き出す。渋々とだがバンも続き、フィーネがそれに並んだ。


 以前は買い物することが楽しくて仕方なかったフィーネだったが、最近では、ルールのようなものを覚えていた。
 手持ちのお金には限りがあること。要らないものは買わないということ。
 だからこうして歩いていて欲しいものがあっても、むやみにねだったりはしない。
 だが、ある店の前でフィーネの足が止った。バンが気付いて声をかける。
「フィーネ?」
 その声に、先を歩いていたアーバインも振り向いて歩を止めた。
 フィーネが見ていたのは、先ほどの花飾りを売っている露店だった。大小様々な造花が飾られている。
「欲しいのか?」
 バンが尋ねると、フィーネは小さく肯いた。確かに、女の子が欲しがりそうな華やかなものではあったが…。
「家も無いのに、どうするんだ? グスタフにでも飾るのか?」
 バンの言い分はもっともだった。それは、玄関に飾るものなのだ。
「だって、グスタフは私たちの家みたいなものでしょう?」
 フィーネの答えに、アーバインは苦笑した。なるほど、今の自分たちの家はグスタフのコクピットなのかもしれない。街に辿り着けないときには、その側で野宿することも珍しくない旅路だ。
「そりゃまぁそうだけど…」
 バンも返答につまって黙り込んだ。
「おまじない」
「はあ?」
 突然の言葉に、バンが間抜けた声を出す。
「私たちも食べるものに困りません様にって、おまじない。だってバン、いつもお腹すいたって言うじゃない?」
「!」
 フィーネの言い分にバンは顔を赤くして固まり、アーバインは笑いが漏れるのを止められなかった。
「フィーネの勝ちだな。バン、買ってやれよ」
 無責任にはやし立てると、バンは面白くなさそうに、だが実感のこもった声で言った。
「俺、どうせなら食い物そのものを買ったほうがいい」
 それを聞いたフィーネが、今度はアーバインをじっと見つめた。アーバインはこの顔に弱い。それに彼女は案外頑固で、このままでは動きそうもない。
「…仕方ねぇなぁ」
 アーバインは小さく舌打ちすると、自分の財布を出しながらフィーネを促した。
「小さいのにしとけよ?」
 選ばせる気があるのかないのか分からない口調で、品物を見下ろす。フィーネが指差したのは、彼女の両手の上に乗せられるほどのリースだった。暖色系の造花がぐるりと輪にしてある。アーバインは、彼女がとてつもない大きさのものを指ささなかったことに内心ホッとしながら、店の主人に代金を払った。フィーネは嬉しそうに花飾りを手にした。
「アーバインてさ…」
 バンが、ふてくされたような声を出した。
「フィーネには甘いよな。さっきだって、水を買ってやったりさ」
「お前も飲んだろ」
「フィーネが残しておいてくれたからだろ。そうでなかったら、俺の分、買ってくれた?」
「お前は自分の金持ってんだろうが」
 バンの言いがかり(アーバインの主観ではそうだった)を軽くいなして、宿へと歩き出す。

挿し絵。背景もフリーハンド。


 人込みを泳ぎながら、二人が付いてきていることを確認する為に肩越しに振り返ったアーバインは、彼が買ってやったリースを大事そうに胸に抱いているフィーネを見て、複雑な心境になった。先ほどのバンの言葉が蘇える。

『アーバインてさ、フィーネには甘いよな』

 それは、彼も薄々自覚していたことだったが…何故そうなのかは、良く分からない。

 バンたちと初めて出合った時に何をしている人かと聞かれたが、適当にお茶を濁して答えなかった。実際、何を生業にしているとはっきりとは決まっていない。盗掘、用心棒、賞金稼ぎ、金になること、力になることなら何でもやって来た。ここ最近は、共和国軍からもらった金で潤っているからヤバイ仕事はしていないが、諸手を挙げて清廉潔白です、とは言えない生き方をしてきたのだ。
 そのことを悔やんだことはないし、今もなお、力が欲しいと思う気持ちにも変わりは無い。

 だが、何かが変わった、という自覚はある。
 以前の彼なら、誰かの為に自分を犠牲にしようとか、譲ろうとか、そんなことは考えなかった。荒野では甘い感情は命取りだ。だから誰かとつるんで行動するのもゴメンだった。
 それがどうだ。平和な街で、女子供(ムンベイが聞いたら怒りそうだが)の買い物に付き合ったり、のんびりと座り込んで人を待ったり、あまつさえ、花飾りなんぞを買ってやったりしている。

 何だかなぁ…。

 アーバインは人知れず、溜め息をついた。
 それでいてその表情がどこか楽しげだったりすることを、自分では気付いていなかった。


 宿へ戻ると、一階の小さなロビーにムンベイが立っていた。見知らぬ母子と話をしている。
「あれ?」
 バンが頓狂な声をあげると、その声に気付いた三人がこちらを振り返った。ムンベイよりも先に、子供が嬉しそうに名前を呼んだ。
「バン兄ちゃん!」
「知り合い?」
 フィーネがもっともな質問をバンに向けた。バンは笑いながら答える。
「さっき言ったろ。迷子を拾ったって」
 そうしているうちに、ムンベイたちがこちらにやってきて、まだ年若い母親がバンに向って頭を下げた。
「先ほどはどうもありがとうございました」
 ムンベイの話では、わざわざお礼の品を持ってきたらしい。バンは大照れに照れて、がははと笑ってごまかした。嬉しそうにしている子供の頭に手を乗せて、
「もう、迷子になるなよ?」
 などと偉そうに言ってみる。子供は素直にうなずき、もう一度頭を下げた母親に手をひかれて帰っていった。バンとフィーネは建物の外へ出て、それを見送った。
「お兄ちゃんぶってまぁ」
 ロビーからそれを見ていたムンベイが、傍らに立つアーバインにだけ聞こえる声で言った。その声にはからかいの色はなく、微笑ましいものを見たという態度だった。アーバインは眉をあげて見せただけで何も言わなかった。只、見返りなど期待しないで人の世話を焼く、バンの性格が伺える日常的な光景だと思った。

 バンと共に戻って来たフィーネが、ずっと抱いていた花飾りをムンベイに差し出した。
「これ…グスタフに飾れる?」
「おやまぁ。バンが買ってくれたのかい?」
 ムンベイのわざとらしい質問に、フィーネは首を振って答えた。
「アーバインが買ってくれたの。これ、おまじないなんでしょう?」
「へぇ〜、アーバインが? まじないなんて信じそうもない、アンタが?」
 面白そうに見上げてくるムンベイを、鬱陶しそうに手で払うまねをしながらアーバインは言った。
「只の飾りだと思えばいいだろう? どうせ変なサイコロぶら下げてるじゃねぇか」
「変なとは何よ、変なとは」
 コクピットに下げられたマスコットをけなされてムンベイが膨れた。だが、すぐに表情を和らげてフィーネに向き直る。
「いいよ、フィーネ。後で飾ろう。とりあえず御飯にしよう? それは部屋に置いといで」
「うん」
 フィーネはニコリとうなずいて、小走りに部屋へ向った。
「なぁ、ムンベイ」
 それを見送りながらバンが言った。
「あれって家に飾るもんだろって言ったらさ、フィーネがグスタフは家みたいなものだって言ったんだ。俺、今までそんなこと考えたことなかったんだけど、フィーネは家ってものも覚えていないんだなぁって思ったよ」
 珍しく神妙なバンの様子に、ムンベイは優しく応えた。
「フィーネにとっては、アンタが家族みたいなもんなんだろうね」
 それを聞いたバンは、ポカンとした顔でムンベイを振り仰いだ。
「家族? 俺が?」
 そこへ、フィーネが戻ってきて(部屋は案外近かった)、話は立ち消えになった。


 食事を終えて宿へと戻った4人は、男女それぞれの寝室へと別れた。
 扉を開けて部屋の中へと目を向けたフィーネが、何かを思い出したように振り向いて、アーバインのところへ小走りにやってくる。
「アーバイン」
「?」
 バンに続いて部屋へ入ろうとしていたアーバインは、怪訝そうに彼女を見下ろした。
「花飾りを買ってくれてありがとう」
 フィーネはニコリと微笑んで、礼を言った。そういえば言われていなかったかと、アーバインは思った。そんなことはすっかり忘れていたのだが。
「…どういたしまして」
 アーバインは、珍しく皮肉の混じらない微笑みを浮かべた。フィーネは満足そうにもう一度満面の笑顔を見せると、自分の部屋へと戻っていった。そのまま彼女がドアを閉めるのを目で追っていたら、それに気付いたフィーネが小さい声で言った。
「おやすみなさい、アーバイン」
「ああ、おやすみ」
 今度こそ本当にフィーネの姿が消えてから、アーバインも部屋に入った。
 不思議と穏やかな気分だった。

 先に部屋に入っていたバンは、ベッドに腰掛けてブーツを脱ごうとしていた。
「フィーネ、何だって?」
 アーバインは窓際に置かれた椅子に腰掛けて、すっかり日が落ちて暗くなった街なみを眺めた。
「別に…花の礼を言われただけだ」
 満腹なせいか、それとも走り回った疲れが出たのか、バンは眠そうに顔をこすりながら小さく笑った。その笑い声が何かを含んでいることに気付いて、アーバインは振り向いた。
「何だよ?」
「いや…なんかさ、ムンベイが言ってたこと思い出してさ」
「?」
 どこかくすぐったそうに笑っているバンを、気持ちの悪い奴だな、と思いながら先を続けるのを待った。
「フィーネと俺が家族だって」
「ああ…」
 そのことか、とアーバインは納得した。どうやらバンは照れているらしい。
「でもさぁ、俺、思ったんだけど。もしムンベイの言う通りなら」
 しきりに頭髪をかき回しながら、視線を胡座をかいた自分の膝あたりに注いで言った。
「俺だけじゃなくてさ、アーバインもムンベイも、フィーネにとっては家族なんじゃないかなぁ」
「……」
 アーバインは黙ったままバンを見つめた。コイツは何を言い出すんだ?
「だってさ、グスタフが家なんだろ? だったらそれで一緒に旅してるんだしさ、アーバインたちの事だって家族みたいに思っているんじゃないかな?」
 怒ったような顔で押し黙ってしまったアーバインに気付いたバンは、段段と気まずそうに小声になった。それでももう一言だけ付け足した。
「もちろんジークもだけど」
 アーバインは別に怒っていたわけではない。只、どういうリアクションをしていいか分からず、固まっていただけだ。
 「俺には姉ちゃんがいるけど、フィーネは本当の家族のことも、何も覚えていないんだもんなぁ…」
 バンはもう、アーバインの返事を期待していないのか、一人ごちるように呟いた。
「…だからゾイド・イヴ探してんだろ?」
 アーバインは、あまり感情をのせない声で言った。けれどその声は、何だかいつもより優しく聞こえた。
 バンは顔をあげてアーバインを見たが、その時には既にアーバインはいつもの顔で、窓の外を見ているだけだった。
「そうだよな。今度の遺跡できっと何か手がかりがあるよな」
 俄然張り切って力説するバンに、だから単純だっていうんだと思いながら、その単純さに救われた。男二人で湿っぽい話をするなんてまっぴらだった。


 風呂から上がると、先に風呂を済ませたバンは既に眠っていた。ベッドから片足が落ちていたが、直してやるほど親切ではない。
 アーバインは、タオルで濡れた髪をバサバサと拭きながら自分のベッドへ腰掛けた。ムンベイではないが、やはり、砂埃を洗い落とした後は爽快だと思う。
 ひとしきり髪を拭いた後タオルを肩にかけると、バラバラに落ちた前髪を無造作にかき上げる。空気が乾燥しているから、放っておいても直ぐに乾く。
 しばらくぼおっと壁など眺めてそうしていたが、バンの静かとは言い難い寝息に、再び彼に目をやった。

 家族…か。

 アーバインにとって、それは、ひどく遠い存在に思えた。実際、彼が家族を失って久しい時間が流れていたし、彼にとっての家族は後にも先にも、妹だけだ。だから、万一フィーネがそんな風に感じていたとしても、同じ気持ちを返すことはできない。
 もっとも、それはフィーネ本人が言い出したことではなく、ムンベイの言葉からバンが連想しただけのことで、彼女はまったく違うことを考えていることだって有り得る。(何も考えていないんじゃないか、とすら思える)

 大体恥ずかしいじゃないか。
 生まれも育ちもバラバラの四人が(ジークを入れたら五人だが)、家族みたいに一緒にいるだなんて。まるでママゴトだ。

 バンに向ってそう言い切れなかったのは何故だろう。珍しくマトモに頭を使っている風情だったからか。フィーネが不憫に思えたからか。別に、理由なんてどうでもいいことだが。

 例えジークの件でイマイチ信用が無いとしても、アーバインにとってバンたちは既に、放り捨ててはおけないものになっていた。言葉ではうまく説明がつかないが、自分は、この連中を気に入っているのだ。
 一緒に旅をして、飯を食って、喧嘩して、面倒ごとに巻き込まれて、助けたり、助けられたり、今まで見向きもしなかった何かがそこにはある。もしかしたら自分は、自分で思っていたよりも甘ちゃんなのかもしれないが。

 こういうのも、悪くない。

 そう思っている自分がいるんだから仕方ない。

 アーバインはもう一度だけ髪を拭いて、濡れたタオルを洗面台のハンガーに干した。
 明日は早いとムンベイが張り切っていたことを思い出し、やれやれと首を一巡り回して肩の力を抜く。誰かのペースに合わせることに無理がなくなっている自分には、今更だが、気付かない振りをする。

 灯りを消して、ごろんと横になってから、こういう関係を何て言うんだっけか? とぼんやり考える。仲間と言うのは簡単だが、もうちょっと違う言い方があったような気がする。


 道連れ、というフレーズが浮かんだのは、半ば夢の中だった。

END.
FELLOW TRAVELER
7,13,2000.Ryou Hatoba



短編につけるにしては長い後書き。

小説と言いますか…こういった文章を書くことは結構好きなのですが、人前に晒すのも、それが既存のキャラを使ったものであることも、ちゃんと(?)完結させたのも、ほぼ10年ぶりという状態です。
オリジナルはいろいろと、個人的に書いては途中で投げ出し、また書いては投げ出ししているのですが。
(一人遊びなので、ちゃんと終わっていなくてもオッケー)

二人が並んで座っているところを描いていたらお話も書いてみたくなったという、何となくの気持ちが出発点でしたが、はっきり言って、当初目指していたものとは趣きが違ってしまいました。
ほんわかした日常と、結構マジメな内面世界を同居させようとしたところに無理があると気付くまで、かなり苦しみました。二兎を追うものは一兎も得ず、のことわざ通り、危うく書きたいことが分裂する勢いをなんとか静めてカタチにしました。
とりあえずダラダラと書き続けた最初の文章は、どんどん長くなるは、暗くなるは、クサくなるは、フィーネとほにゃんの筈がバンのこと考えてちゃダメじゃん!な展開になるわで(笑)、結局半分は削り落とし、落ちもなんだか、最初考えていたよりしみじみしちゃいました。
これでも、悩みに悩んで、2週間くらい掛かってるんです。(普通はどのくらいで書くのかなぁ) つくづく、ピリッとした短編を書くことの難しさを味わいました。

私の中のアーバインってこんな奴、というのを目指した筈なんですが。もっとこう、格好良く描けんものかね。
あんまりくよくよ考える質じゃないと思うんですよ。勢いで生きてるっていうか。後はまぁ、面白そうだ、というのが行動の基準じゃないかと。
が、私という人間が、その行動のひとつひとつを解説(深読み)したがるせいで、なんだか説明臭い話になってしまいました。ち、違うんだ。本当は単に、フィーネとほにゃんな話を(まだ言いますか、この女)。

時間としては、18話「首都攻防」と19話「プロイツェンの陰謀」の間ですね。場所もその辺。
この頃には、バンもアーバインを信用していただろうとか、その辺はまぁ、テキトーに。(…)
祭の設定も適当ですし、第一、季節とか分かんない世界だし、アーバインの両親勝手に殺してるは、貧乏とか言い切ってるは、好き勝手やってますが、…見逃して下さい。(でも多分、アーさんて天涯孤独ですよね?)

アーバインの妹のエピソードは、テレビをご覧の方はすでに知っている事実ですし、そこだけ変にシリアスなので削った方がいいだろうかと最後まで悩んだのですが、アーバインという人間の最初の部分のような気がして残しました。

最後までお付き合い下さいました貴方様、ありがとうございました。
ちょっとでも、「ふふ」とか「ニヤ」とかな気分を味わっていただけたら幸いです。(^^;)
それと、感想とか聞かせてもらると、泣いて喜びますっ。

ハトバリョウ。

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